山の神温泉

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山の神温泉

山の神温泉
山の神温泉(やまのかみおんせん)は、長野県長野市(旧国信濃国)善光寺にある温泉よ。

長野市街の北側の高台に、一軒宿の「山の神温泉」が存在するわ。

旅館からは善光寺とその境内が一望できるの。

開湯は140年前とされるなね。

小林一茶も訪れたことがあると言われるわよ。



小林一茶


信濃北部の北国街道柏原宿(現・長野県上水内郡信濃町大字柏原)の貧農の長男として生を受けるわ。

3歳の時生母を失い、8歳で継母を迎えたのね。

継母に馴染めず江戸へ奉公に出、25歳のとき二六庵小林竹阿に師事して俳諧を学ぶ。(論拠不肖であるが、藤沢周平著「一茶」では小林竹阿には実際あったこともなく弟子というのは一茶の詐称との記述がある。)

29歳の時、故郷に帰り、翌年より36歳の年まで俳諧の修行のため近畿・四国・九州を歴遊する。39歳のとき再び帰省。

病気の父を看病したが1ヶ月ほど後に死去、以後遺産相続の件で継母と12年間争う。一茶は再び江戸に戻り俳諧の宗匠を務めつつ遺産相続権を主張し続けたのね。

50歳で再度故郷に帰り、その2年後28歳の妻きくを娶り、3男1女をもうけるが何れも幼くして亡くなっていて、特に一番上の子供は生後数週間で亡くなった。きくも痛風がもとで37歳の生涯を閉じた。2番目の妻を迎えるも老齢の夫に嫌気がさしたのか2ヶ月で離婚。

3番目の妻やをとの間に1女・やたをもうける。やたは一茶の死後産まれ、父親の顔を見ることなく成長し、明治まで生き一茶の血脈を後世に伝えた。真田幸村研究の第一人者として知られる小林計一郎は、一茶の子孫であるのよ。

文政10年閏6月1日(1827年7月24日)、柏原宿を襲う大火に合い母屋を失い、焼け残った土蔵で生活をするようになった。そしてその年の11月19日その土蔵の中で65歳の生涯を閉じたわ。

鉄道 : 長野新幹線長野駅よりバスで約10分で深田町バス停へ。ここより    徒歩で約10分。旅館専用バスでの送迎あり^^;

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